埼玉県三芳町
伝統農法の農産物が自慢のまち
三芳町ってどんなとこ?
埼玉県南西部に位置する三芳町は武蔵野の雑木林が残る自然豊かなまち。東京から一番近いまちである中で、多くの自然が残っています。
300年以上前から続く日本農業遺産認定の「落ち葉堆肥農法」が有名です。特にいも街道のさつまいもは自慢の一品!
日本農業遺産に認定!320年以上続く伝統農法が受け継がれるサステナブルなまち
三芳町には320年以上続けられている伝統農法があります。
三芳町は、元々関東ローム層の火山灰に覆われた痩せた土地でした。そのため、江戸時代に人々が木々を植え、育った木々からの落ち葉を集めて堆肥として活用する農法が始められ、現在に代々受け継がれています。
この農法は「落ち葉堆肥農法」と呼ばれ、国内で22地域のみしか認定されていない「日本農業遺産」に認定されています。「落ち葉堆肥農法」はサステナブルな農法として、地球環境を守る今注目の農法です。
今では、いも街道沿いの農家が生産する「富の川越いも」をはじめ、高品質な野菜が年間通じて生産されています。
にほんの里100選に選ばれた美しい里山風景
三芳町には、江戸時代に開拓した地割がいまもそのまま残っている「三富新田」という地域があります。美しく区分けされ開発された「三富新田」には、当時合計180もの屋敷が建てられたと言われています。
屋敷の周りには、ケヤキやカシなどで屋敷林を作り、堆肥として使うコナラ、クヌギなどの樹木は雑木林のエリアに植えられました。こうやって、人々の知恵によって整然と区画が整理された地域は、今日の三芳町の暮らしの基礎を支えています。
この美しいまちなみは、「にほんの里100選」にも選ばれています。
歴史
三芳町の誕生は1889年。町村制施行によって、上富村、北永井村、藤久保村、竹間沢村の4つが合併して三芳村となりました。
1970年には人口急増によって、三芳町として新たなスタートをきりました。
現在の三芳町がある場所には約3万年前の遺跡から発掘された石器によって、その頃から人々が暮らしていたということがわかっています。また、鎌倉時代には、鎌倉武士が通っていたと言われる「鎌倉街道」が整備され、文化財などが残されています。
江戸時代に入ると、本格的な開発が始まり、「にほんの里百選」に選ばれた「三富新田」が整備されました。
町の花、木、鳥
町民の長寿や健康を願う「キク」
三芳町の花は「キク」。年間通じて三芳町の風景を彩る花として親しまれています。町民の健康や長寿を願うイメージがピッタリの花です。
三芳町のさまざまな場所で見られる「ケヤキ」
「三富新田」の屋敷林にも植えられた「ケヤキ」が三芳町の木。現在はまちの中のたくさんの場所で見ることができます。大きく育つ「ケヤキ」は、三芳町の発展や象徴などをイメージできる木です。
武蔵野の美しい自然のなかでさえずる「ヒバリ」
昔から三芳町の人々の生活になじみが深い「ヒバリ」が三芳町の鳥です。昨今都市化が進む三芳町のなかでも、折に触れて「ヒバリ」のさえずりを耳にでき、武蔵野の自然が残るヒバリが三芳町の鳥にぴったりです。