千葉県大多喜町
歴史も息づく城と渓谷のまち
大多喜町について
大多喜町は、房総半島のほぼ中央に位置し、市原市、鴨川市、君津市など多くの自治体と接しています。東京からは、高速バスで約80分、電車でも約100分とアクセスの良さが自慢です。
千葉県の町村内としては最も広大な面積を誇り、そのなかでも森林が総面積の約70%を占めています。まちのオアシスでもある養老渓谷は「関東一遅い」とも言われる紅葉の時期の観光がおすすめです。
また、町の中を横断するいすみ鉄道は、主要な交通機関である一方、観光列車としても有名で、沿線に菜の花と桜が咲き乱れる時期には多くの人が訪れます。
《主な産業》
大多喜町の産業は、稲作や野菜を中心とした農業と、広大な森林資源を
活用した林業、更には飲食業や観光業が盛んです。
その他、まちの郊外には様々な業種の工場があり、特徴ある商品を作り出しています。
《観光スポット》
大多喜町は、「城と渓谷の町」がまちのキャッチフレーズであり、まちの北側に大多喜城を中心とした城下町エリア、南側には大自然を満喫できる養老渓谷エリアがあります。
城下町エリアの一押しスポットはやはり大多喜城。まちを見下ろす小高い丘の上にあり、まちのシンボルでもあります。お城は歴史博物館となっていて、房総エリアの中世から近世までの歴史資料の展示を行っています。あいにく現在は改修工事のため大多喜城は休館となっていますが、主な展示物は隣接する「研修館」に展示されていて、周囲の敷地内も散策が可能です。
養老渓谷エリアでのおすすめスポットは、粟又の滝です。房総一を誇る名瀑布で、新緑、紅葉と季節によって表情を変える景色はとても幻想的で訪れる人を魅了します。また滝から続く遊歩道も、マイナスイオンを浴びて歩くことができる人気のハイキングコースです。
《歴史》
まちのシンボルでもある大多喜城は、最古の資料では16世紀前半に武田氏が入城したと言われていますが、その後、1590年に「徳川四天王」の一人である武将の本多忠勝が家康の命を受け入城し、今の城下町の礎を作りました。その後明治時代に入り、1889年には及川村・西畑村・総元(ふさもと)村・上瀑(かみたき)村・旧大多喜町が誕生し、1954年にはこれらの5町村が合併し、現在の大多喜町が誕生しました。
《町の花、木、鳥》
春を代表する花のひとつで、別名「アブラナ」と呼ばれることも。大多喜町を走るいすみ鉄道の沿線は毎年菜の花が咲き誇り、多くの観光客が訪れます。大多喜町をイメージするにはピッタリの花です。
大多喜町のもう一つの花(花木)は「サクラ」。菜の花とともに春の景色を彩る花で、いすみ鉄道沿線はもとより、大多喜城に咲く桜も有名です。お城の白壁にピンクの花が見事に映えます。
紅葉の名所養老渓谷をはじめ、大多喜町のさまざまな場所に自生している「モミジ」が町の木です。関東一遅い紅葉を楽しむことができ、シーズンには県内外から観光客が訪れています。
大多喜町の山林に多く生息し、春を告げてくれます。自然豊かな大多喜町には欠かせない鳥です。