伊豆諸島の「利島」で椿山を散策。
江戸時代から続く伝統農業を知る旅
東京の南に位置する火山島群・伊豆諸島。その列島の中で最も面積の小さい島が、ここ「利島」(としま)です。
利島は、島全体が約20万本の椿で覆われた“椿の島”としても知られ、基幹産業である椿油は全国有数の生産量を誇ります。
今回は、そんな椿の花咲く神秘の離島・利島の歴史と魅力をご紹介。親子で利島を訪れたら、ぜひ椿山(椿畑)を歩いて、自然と寄り添う利島の暮らしを感じてみてください。
近くて遠い島「利島」とは?
利島は、大島と新島の間に位置する伊豆諸島のひとつ、標高508mの宮塚山を頂きとする円すい状の島です。
伊豆諸島の中でもっとも小さい島で、その周囲は約8km、面積は4.12平方キロメートルほど。天然の砂浜や入り江はなく、断崖絶壁に囲まれていることが特徴です。唯一島の北側だけが緩やかな傾斜となっており、約340人の島民がここに集落を作り、生活を営んでいます。
東京都心からの距離は南へ約140km、港区にある「竹芝客船ターミナル」から高速船を使って約2時間半で着く好立地です。
しかし、のどかな島内の一方で、外洋は潮の流れが速く、冬場になると季節風が強く吹き付けるため、船の運航に支障をきたして欠航になることもしばしば。
伊豆諸島のほかの島に比べて就航率が低いことから“近くて遠い島”とも呼ばれています。
利島の暮らしを支えてきた椿
“椿の島”とも称される利島の歴史は約300年前にさかのぼります。
時は江戸時代、江戸幕府は年貢として米を納めることを全国に定めていました。しかし、火山島であり面積の小さい利島は、水をはじめとするさまざまな資源に乏しく、稲作などの農業に不向きな土地だったため、米を納めることができませんでした。
島民は思案を巡らせ、季節風から集落を守るための防風林として古くから植えられてきた椿に注目。試行錯誤を重ね、日本固有種「ヤブツバキ」から椿油の精製・生産を実現し、米の代わりに年貢として納めることができるようになったのです。
それから絶えることなく椿栽培が受け継がれ、現在では島の8割ほどの土地で約20万本ものヤブツバキが咲き誇り、利島の美しい景観を作っています。
椿油の精製・生産は、全国でも1,2位を争うほどの島の基幹産業にまで発展しました。
先人の知恵が今も息づく“椿山”
長い歴史のなかで形成されてきた椿畑は、島民から“椿山”と呼ばれ親しまれています。
北側の集落を歩くだけでもたくさんの椿を見ることができますが、丁寧に整備された椿山に一歩足を踏み入れると、右も左も椿で囲まれた一枚の絵のような景色と出合えます(所有者の許可なく椿山へ立ち入ることは禁止されています)。
利島の椿山は「段々畑」が特徴
道路から椿山を眺めると、椿が階段状に植えられていることがわかります。これは、長い年月をかけて植栽と伐採を繰り返し、人の手によって形成されたもの。
椿油のもととなる椿の実(種)が、雨や風などで流れ落ちないように工夫した先人の知恵が受け継がれています。
“椿山”を巡り、利島の暮らしと四季を感じよう
利島は一年を通して温暖な気候で、常緑樹である椿に島の約8割が覆われているため、本島と比べると四季の変わり目が分かりづらいのですが、椿の成長や農作業の光景が、人々に四季を伝えてくれます。
椿は晩秋から初春の間に花を咲かせ、初夏から秋にかけて実(種)が肥大化し、油をたっぷり含んだ実(種)が完熟を迎えると、やがて地面に落下します。
【夏】「キッパライ」の煙が幻想的な光景を作り出す
「キッパライ(シタッパライ)」とは、下草(雑草)を刈って熊手で掃き、椿の枯れ草などと共に野焼きをして、椿の実(種)を拾いやすくする整備作業のことです。
椿の実は茶色でとても小さく、土の色と同化して見づらいため、効率よく収穫を行うためにもキッパライが重要になります。
キッパライは、実(種)が完熟を迎える前の真夏に行われます。椿山のあちこちで上がる白煙が日に照らされ、まるでオーロラのように幻想的な光景を作り出します。
【秋~春】地面に落ちた椿の実を収穫
秋になると、完熟した実(種)がキッパライによって整えられた地面へと落下。これを椿農家のみなさんが腰をかがめて一つ一つ丁寧に拾い集めます。
この作業は重労働というより“根気のいる作業”で、冬の終わりの3月末頃まで続けられます。
拾い集めた実(種)は、それぞれの農家の自宅で乾燥させたあと、島内にある椿油の製油センター へ持ち込まれます。素材を選別し、搾油や脱酸処理、洗浄、ろ過、脱臭などの工程を経て、純度の高い利島産の椿油になるのです。
【冬】島中で椿の花が咲き誇る
季節風が吹き荒れ、就航率が低くなる、“近くて遠い”冬の利島では、いよいよ椿が見頃を迎えます。
集落や椿山に群生する椿が一斉に花を咲かせると、島全体が鮮やかに彩られ、利島の冬を象徴する、まさに“椿の島”たる姿を現します。
【晩冬~初春】椿の花が落ち、赤の絨毯が広がる
花が散る2月~3月頃になると、一面が椿の花で赤く染まり、“椿の絨毯(じゅうたん)”と呼ばれる光景が広がります。青々とした新緑と、散ってもなお美しい椿のコントラストは、ここでしか見られない神秘の絶景です。
利島の椿がもっとわかるスポットを紹介
利島には、椿のことを深く学べたり、体験したりできるスポットがあります。
ここでは、利島の椿がもっとわかるおすすめスポットを3つご紹介。名産の椿油を購入できるスポットもあるので、利島に行った際にはぜひ立ち寄ってみてくださいね。
利島村郷土資料館
利島港から徒歩で15分ほどの距離にある「利島村郷土資料館」は、縄文時代から続く利島の歴史や風土を学べるスポットです。
利島の伝統行事である「流鏑馬」(やぶさめ)や、明治初期の利島の民家を再現した「イロリの部屋」、東京都の有形文化財にも登録されている「和鏡」の展示など、見どころ満載。
展示室の中央には、江戸時代に椿の精製・生産に使われていた、椿油を圧搾するための踏み臼などの道具も展示されています。
利島農業協同組合
「利島農業協同組合(JA利島)」は、島民のみならず観光客にも多く利用されている商店です。食料品や生活用品のほか、お土産にうれしい利島産椿油など、多彩な商品を取り扱っています。
利島港からは徒歩で10分ほど。地元で“明神様”として親しまれている「阿豆佐和気命(あずさわけのみこと)神社」の近くに位置しています。
JA利島でぜひチェックしたいのが、オリジナル椿油ブランドの「神代(かみよ)椿」。
ヤブツバキの原木とされる、実在した椿の名前から付けられたこの商品は、100%植物由来のオーガニックオイルで、スキンケアやヘアケアなど老若男女を問わず使えることが特徴です。
貴重な食用の椿油と明日葉を使った「利島の明日葉椿油ソース 」も販売されています。
ごはんとおやつ ねことまちあわせ
2022年8月にオープンした小さな古民家カフェ「ごはんとおやつ ねことまちあわせ」。空き家をリノベーションした落ち着きのある店内では、利島産の食材を使ったメニューを楽しめます。
なかでも、明日葉と椿油を使った「明日葉とベーコンのペペロンチーノ」は大人気の一品です。
食器一つ一つにもこだわりが詰まっており、椿の木を使った箸や、風倒木などを燃やして処理をする際に出る灰を利用して作ったお皿など、細部にまで“利島の自然”を感じることができます。
店舗の一角には、「神代椿」をはじめ、椿の木材から作られたくしや、椿油を使ったパックなど、利島のお土産を取り扱うコーナーもあります。
今後は、親子向けに椿油の圧搾体験などのワークショップも予定しているので、利島を訪れる際にはぜひチェックしてみてくださいね。
近くて遠い椿の島・利島。江戸時代から受け継がれてきた伝統は、300年以上たった今も変わらず、島民の生活を支えています。四季で表情を変える椿山の絶景を求めて、親子で足を運んでみてはいかがでしょうか。
記事を書いた人
谷拓宣
Webライター/Webディレクター。コラムや情報記事、SEOライティングが得意。大学時代は教育を専攻し、中学校・高校の国語科教員免許を持つ。サブカルチャーや映画、まちの歴史などに造詣が深い。
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