100年後の食卓においしい醤油を
「笛木醤油」12代目インタビュー
蔵造りの町並みで知られる川越からほど近い、埼玉県川島町の「笛木醤油」。寛政元年の創業から230年以上、伝統的な木桶作りの醸造方法を守り続ける醤油蔵です。
2019年には食べる・学ぶ・買う・遊ぶがそろった体験型施設「金笛しょうゆパーク」を敷地内にオープン。「醤油で笑顔をつなぐ」をテーマに、さまざまな活動を行っています。
「いこーよとりっぷ」では、同パークの取材とあわせて笛木醤油12代目当主・笛木吉五郎(本名・笛木正司)さんにインタビュー。未来を見すえた「100年プロジェクト」の取り組みや、金笛しょうゆパークに込めた思いについてうかがいました。
川島町のうどん文化と醤油の深い関係
都心から車で約1時間。圏央道「川島IC」を下りると、川島町の美しい田園風景が広がります。
かつてこの辺りは、県内有数の産地といわれるほど醤油づくりが盛んな土地でした。その背景にあるのが、埼玉県独自の「うどん文化」です。
「埼玉県は全国有数の小麦どころ。昔から『武蔵野うどん』というコシの強いうどんが知られていて、今でもうどん屋さんが多いんですよ。冠婚葬祭があると、自宅で打ったうどんをふるまう文化も根付いていました。それで、つゆを作るための醤油が発展したんです」(笛木さん)
なかでも、四方を川に囲まれた川島町は、仕込みに欠かせないきれいな水に恵まれ、原料の大豆や小麦も豊富に栽培されていた土地。笛木醤油の裏手を流れる越辺川沿いには5~6軒の醤油蔵が並び、和舟で江戸まで醤油を運んでいたといいます。
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留学先のアメリカで醤油屋を継ぐことを決意!
しかし、現在この町に残る醤油蔵は「笛木醤油」ただひとつ。笛木さんは、その跡取りとして川島町に生まれました。
11代目だった父の豊彦さんが急性白血病で他界したのは、笛木さんが高校3年生のときのこと。
「当時は会社を継ぐ覚悟が持てなかったこともあり、アメリカのジョージ・ワシントン大学に留学したんです」(笛木さん)
その留学先の街角で出会った“とあるモノ”が、その後の人生を決めたといいます。
「偶然、うちの醤油が売られていたんです。一緒にいた友人から『お前のところの商品か!? 誇りだろう? お前のミッションだぞ、これは』と言われ、ハッとしました」(笛木さん)
帰国後、2006年に入社してからは醤油づくりを徹底的に学び、トラックでの配送から営業まで、さまざまな仕事を経験。2017年、37歳で社長に就任しました。
100年先を見すえた、伝統的な木桶づくりへの回帰
社長になった笛木さんがまず取り組んだのが、伝統的な醤油づくりに必要な木桶を新調することでした。
「香川県の小豆島にあるヤマロク醤油さんが主催した木桶づくりに参加し、その美しさに気づいたんです。木桶を使った伝統的な醤油づくりは、現在主流となっている方法より手間も時間もかかりますが、麴菌などの微生物が生き続けてじっくりと発酵が進み、風味豊かなおいしい醤油ができます」(笛木さん)
さらに木桶は、一度作れば100年以上使い続けることが可能。
「この素晴らしい木桶づくりの醤油を100年先まで伝えるため、約50年ぶりに吉野杉を使った新桶を作りました」(笛木さん)
新しい木桶で仕込んだ「十二代目吉五郎作 新桶 初しぼり」は、農林水産省が主催する「フード・アクション・ニッポンアワード」を受賞するなど、高い評価を得ました。
笛木家には「自分で納得できる醤油をつくれたときに襲名する」という家訓があり、この傑作醤油の完成をもって笛木さんは12代目吉五郎を襲名したのです。
豊かな食卓を未来に繋ぐ!100年プロジェクトを展開
木桶づくりを皮切りに、笛木醤油では「未来に繋ぐ100年プロジェクト」と題してさまざまな取り組みをスタートしました。
例えば、埼玉県小川町の農家さんと協力して行っている、この地区で昔から作られてきた在来大豆の種まきから収穫、味噌の仕込みまでを体験するイベントもその1つ(2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため開催未定)。
「世の中が簡単便利を求めてスピード化している今、お醤油を使った丁寧な暮らしを伝え続けて行かないと、本当の意味での豊かな食卓が廃れてしまいます。子供たちの世代と真剣に向き合い、彼らが豊かな食卓を囲めるようにしてバトンを渡さなきゃいけない」(笛木さん)
その熱い思いを胸に、子供たちへの食育にも取り組んでいます。
豊かな食卓を「未来に繋ぐ100年プロジェクト」3つの方針
一.地球環境に優しく安心安全な 醤油づくりと木桶仕込みを未来に繋げる
一.醤油づくりを通して、人を育て、地域社会に貢献する
一.子供たちに日本の大切な和食・発酵食文化を伝える
醤油でみんなを笑顔にしたい!
2019年には、「しょうゆでつなぐみんなの笑顔」をコンセプトに「金笛しょうゆパーク」をオープンしました。
「笛木家は代々、各家庭での醤油や味噌作りを手伝うなど、地域や人とのつながりを大切にしてきました。父も『自分のポテンシャルは地域や人のために使いなさい』と口にしていたんです」(笛木さん)
醤油で地域や人をつなげ、みんなを笑顔にしたい。そんな思いから「金笛しょうゆパーク」には、楽しく体験しながら醤油づくりが学べる工場見学、木桶のツリーハウスで遊べる「のんびり広場」など、家族みんなが笑顔になれる設備を充実させました。
木桶づくりの醤油のおいしさが堪能できる「しょうゆ蔵のレストラン」も併設。自家製うどんを中心に、焼きおにぎりや醤油のソフトクリームなど、子供が喜ぶメニューをそろえました。
「僕は川島町を世界に誇れる食文化の町にしたいんです。食はすべての原点であり土台です。おいしい食べ物があれば人が集い、人が集うと町が活性化します。金笛しょうゆパークを拠点に多くの人が集まり、ゆくゆくは埼玉の食文化の発信地になっていくといいなと思っています」(笛木さん)
次世代にバトンを渡すまで全力疾走!
じつはすでに、醤油蔵の当主というバトンを、次世代に渡す時期を決めているという笛木さん。
「常に、駅伝のタスキをかけて走っているような感じですね。バトンをどうやって子供たちの世代に託すかっていうことがDNAで刻まれていて。僕、もう決めてるんです。18年後、創業250周年のときに59歳になるので、次の人に襲名をしてもらおうって」(笛木さん)
2013年にユネスコの無形文化遺産に登録された「和食」。日本ならではの発酵食や、伝統製法による調味料に注目が集まる一方、食事の西洋化が進み、日本の食文化がつなげてきた家族や地域の絆が希薄になりつつあります。
そんな時代の流れのなか、笛木さんは「未来の子供たちが豊かな食卓を囲めるように」と走り続けています。
記事を書いた人
雨宮あかり
「いこーよとりっぷ」エディター/食べること・飲むこと・音楽が大好きなママ編集者。世界中の音楽フェスを体験すること&ベルギービールの醸造所めぐりが夢です♪ 特技はアロマセラピートリートメントです。
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